Vol.021  ドバイが見せた「もう一つの観光の姿」

ヒアリングを終え、時計に目をやる。午前0時を回っていた。しかし自然と疲れはなかった。寝不足なまま田中代表のドバイの報告を聴き、そして質問を投げていくうちに時が過ぎていた。疲れが飛んでいく感覚、こういう不思議なことは、時折起こる。主訴たるものが沸き立った時、または論点が二転三転するスリリングな展開になると、疲労感が却って体に宿る血沸き肉躍る土壌になる。奇妙な話だ。 ドバイから帰国した直後に彼女は父親の出張先である青森に飛んでいる。観光立国の今を感じたまま、今度は父を訪ねての長旅を選択するのだから、なるほど、ツーリストシップを地で生きる人間の成せる業だ。 田中代表の話を聴いていて、ふいにある詩を思い出した。夭折の詩人・伊東静雄が遺した『そんなに凝視(みつ)めるな』である。 そんなに凝視(みつ)めるな わかい友 自然が与える暗示は いかにそれが光耀(こうよう)にみちてゐようとも 凝視(みつ)めるふかい瞳には つひに悲しみだ 輝かしいものを凝視したとて、あるのはいつも、悲しみだという意味だろうか。一見するとネガティブな詩に聞こえるが、私にとっては希望だった。悲しみを真正面から受け止めることを認めてくれるような、そんな器を感じていた。どう感じ、何を考え、どのように事を起こすにせよ、そう、間違いを恐れず、悲しみを捉え、生きていく勇気への賛美にも聴こえた。 田中代表がドバイで感じた観光の現実は、決して自由さや開放的なものが溢れている実情ではなかった。ルール規制が存在し、管理監督の上で人々の生活や娯楽が営まれていく。日本人気質から見れば「何と不自由な事か」と敬遠されそうなエピソードも、ドバイでの観光を成り立たせる上ではきっと必要な事だったのだろう。その土地に、その地形が存在し、その地形によって生まれる自然や気候が、やがて人々の文化文明を創造していく。ジオパークの概念もきっとそこにあるのだろう。地質学と文化文明は切り離せない。ドバイにはドバイの背景があり、日本には日本の背景がある。 伊東静雄が凝視(みつ)めたであろう、「ついに悲しみだ」の下りには、きっとそこに立脚したものでしか語れない背景がある。その背景をなかったことにして、「本来の観光とはこうあるべきだ」と語ったところで、誰の胸にも響かない。異文化、異世界に立つということは、その悲しみ一つひとつに向き合うこと以外に許されないのではないだろうか。 電車内で居眠りをすると罰せられるドバイの規則。それは日本人の田中代表にとってどう映ったのか。違和感でもあり、だからこそ、その違いにも歩み寄ろうとした。難しく考えてみたり、それもありかと棚上げする田中代表の心の揺れを、私は聴きながら感じていた。「そんなに凝視(みつ)めるな 田中千恵子」と、伊東静雄が天から囁いたかどうかは、知らないが。 既にある状態と、一から構築していった状態の2種類がある。田中代表は日本とドバイの違いを、こうも表現した。地域色の違いに触れたかと思えば、最終的に「人が行動するにはどういう要素が必要なのか」という話題に及んだ。田中代表にとっての行動力とは「根拠のない自信」だと言い、私は「バカになることだ」と言ったら、互いに、うん納得、という感じだった。案外、やる前に想定していたリスクは起こらないものだ。絶対というものはないが、だからこそ歩みを止めずに、田中代表はここまで来た。ドバイの旅が田中代表を更に大きくした。旅というものは何だろうと改めて考察しているうちに、午前0時を過ぎていた。 『そんなに凝視(みつ)めるな』の結びはこうだ。 われ等は自然の多様と変化のうちにこそ育ち あゝ 歓びと意志も亦(また)そこにあると知れ 自然が刻一刻と変化し、多様化する複雑な社会現象を生きる私たちに、ツーリストシップがこうして在る意味をもう一度“凝視(みつ)めてみる”。それは喜びを感じる事でもあり、悲しみを背負うことでもある。 深い夜の静けさとは裏腹に、疲れが体を鼓舞し始める。長い夜は、あっという間である。

Vol.020  無限の可能性という言葉を聞き慣れた美辞麗句と思ったアナタへ

色んな歌にせよ、企業のミッションにせよ、ほぼ見ないことがない「お決まり文句」として、『無限の可能性』という言葉がある。際限がなく、何でもできそうな魔法の言葉のようだ。未来を担う子どもたちにとってもまた、この言葉は聞き慣れている。キミたちは若いし、未来がある。そういって未来を押し付けてくる大人たちは、日々の限定された日常に奔走する。それが現実なんだと、もっともらしいことを誰が言い出したんだろう。無限の可能性という言葉を「お決まり文句」と表現した小生の発想が既に、未来を押し付ける大人同然であったことに、いま認(したた)めながら気づかされる始末である。 他方で、強みを絞り、一点突破でニッチな取柄を尖らせるという選択と集中という言葉もある。無限の可能性を前にしても、なかなか行動に移せない。「メニューはないんで、何でもどうぞ」と言われると却って何を注文したらいいか分からない。用意されたメニューに慣れた私たちにとって、無限とか、何でもありとか、カスタマイズと言われると身動きが取れなくなる。身軽に、何でもいいから、ホイと塀を乗り越えて向こう岸に渡るフットワークの軽さこそ、先の読めない今に求められているのだろうか。 そんな心配をよそに、田中代表は明日からドバイに行くと言い出した。観光立国をこの目で見たい。思ったらすぐに動く。正しいかどうかなんて、ここで悶々としても始まらない。子どものような好奇心こそ、田中代表の強みだ。そこに限定的な条件は挟まない。選択と集中も大事だが、もっともっと、可能性を広げたい。美辞麗句に聞き慣れた子どもでもなく、限定された日常にもがく大人でもない、田中千恵子の、可能性を今、もっともっと開こうとしている。 ここ最近の、錦市場での旅先クイズ会で大きな感触を得た。観光客の皆さんのノリもあっただろうが、何よりここは、課題が山積だった。課題の多い地域こそ、旅先クイズ会の存在価値があるというものだ。田中代表の心は踊った。 官民の枠を超え、ツーリストシップの更なる深化と普及に向けたドリームチームを編成するという話も出た。人が人を呼び、声のかからない日はない。ツーリストシップの重要性と、田中代表の可能性が、あらゆるものを引き寄せ始めている。 オーバーツーリズムという言葉が最近、メディアを騒がせていた。スペインのバルセロナでは、地価の高騰で住民が住めなくなっている。夜中に騒ぐ観光客が、住民の眠りを妨げている。ツーリストシップの価値が改めてクローズアップされていくことは容易に想像がつくが、田中代表は不満だった。現象だけを取り上げるのでなく、ではどうすればいいのかと、次の一手に思考を巡らせてほしい、ツーリストシップに声をかけてくれればいいのにと。引き寄せ続けている猛者の雄叫び(おたけび)である。間違いない、じきにその声は世界に届くだろう。 無限の可能性という言葉が、なぜこうも聞き慣れたものになって、あまり子どもたちの心を揺さぶらないのか。それは、可能性を外に求めるからなのだろうと、想うことがある。可能性はもしかしたら、人の内面、心の中にあるのかもしれない。外に向かうと、できない言い訳が増える。たくさんの障害を目にする。それをシャットアウトできる内側からくるモチベーションの強さであり意味にこそ、無限の可能性を求めるべきかもしれない。大人たちがそれを表現するときの、妙なよそよそしさは、おそらく日々の社会にもまれ、外部環境に振り回されてきた大人たちの歴戦の記録である。戦いで負った傷は名誉だ、ただし同時に、子どもの頃に描いていた無敵状態とは、縁遠くなるものだ。それが大人になるということなんだよと、知ったような口をきいている傍らで、田中代表はドバイの準備を始めているという話である。 可能性は内側にある。ドバイに飛び立った田中代表もまた、その一人だろう。PR動画もできつつある、今やどの地域に出店の話を持ち込んでも、受け入れてくれるほどの理解を得ることもできた。負った傷を可能性に変えてきた田中代表に言わせれば、今はこういう感じらしい。 「正直、きてます。いま。」 無限の可能性という言葉を「お決まり文句」と鼻で笑った私自身を今、恥じている。

Vol.019  奇跡は生み出すもの。「…あっ」という出逢いに魅了され。

カッコよく言えば、マーケティングという話になる。 ちょっとした流行りの言い方を添えれば、マッチング、とでも言うべきか。 「出逢う」ことの価値と難しさについてが、今回のテーマになった。 昨今、様々なマーケティングリサーチの手法が世の中を席巻し、ノウハウ本はそれこそ枚挙に暇(いとま)がない。 より効率的に、そして効果の出せるローコストでのマッチングは、商売をする上で必需品である。 ストーリー戦略、カスタマージャーニー、それこそ多様なフレームワークは、私たちの頭脳と心を揺さぶっていく。 一方で、意図しない、狙わない出逢いというものへの価値も、日に日に上がっている。 舞台は変わり夕暮れの図書室。ふと気になった本に手を伸ばすと、隣から同じタイミングで伸びてくる手が。 そして二人同時に、声が出る。引っ込める手と同時に、互いの目線が交差する。 「…あっ」 いかんいかん。そんなベタな恋愛ストーリーを語りたいわけじゃない。 でも、こういう不意の出逢いは感動を膨らませる。 Vol.016で書いた「セレンディピティ」に着想が近い。 「旅行者が嫌われない世の中にしたい」 そんな想いを持った方に、田中代表は出逢うことができた。 しかも、人づてに紹介された奇跡のリレーによるものだった。 出逢いはどこで始まるか分からない、 まるで「決められていた」かのような錯覚を起こすものほど、その奇跡の偶発性は驚異的なレベルになっていく。旅行が好きで、旅行を愛し、これからも楽しい旅行が続けられる社会にしたいという想いが、田中代表とをつないだ。 しかし奇跡とは偶然ではなく、生み出すものなのかもしれない。偶然に身を寄せたとて、人生はそんなに長くはない。キャリア論の巨匠、クルンボルツ博士が提唱した『計画された偶発性理論』でさえも、偶然の出逢いには5つの要素が不可欠だと説いた。好奇心や冒険心、楽観性や持続性そして、柔軟性が必要であると。 図書室での運命のような出逢いも、マンザラではない。好奇心を持って本を読もうと図書室に足を運んだこと、そして興味のある本が目に留まり、迷うことなく手を伸ばした冒険心、そしてそして何より、これは私の妄想が大半を占めるが「あわよくばいい出会いが欲しい」と潜在的に願い続けていたからこその、「…あっ」ではなかったのかと。 「でね、10月9日の4周年、もうはっちゃけた感じで、野球大会とかどうかなあって。ははは」 田中代表はもう違う話をしていた。「…あっ」さえも言わせない速度観。好奇心が拍車をかけ、まずやってみるが先に立つ世界。楽しくなければ続かない。出てくるアイデアの蛇口を締めるな。ツーリストシップの心意気が、『旅行者が嫌われない世の中』を創り出していく。クルンボルツ博士も真っ青の、偶発性理論を地で行く人である。「…あっ」なんて、そんなマドロッコシイことなんか、言わせない。 「じゃあ、10月9日のレクリレーション大会、弓指さん考えてくれません?」 …あっ?

Vol.018  なぜ田中代表はサミット当日、講演スライドを「捨てた」のか。

第二回のツーリストシップサミットが終わった。安堵なのか、反省なのか、田中代表の口数は思った以上に少ない。 それは気落ちを意味していない。むしろ、伝えたかったメッセージを伝えきった人のそれであった。 重みが欲しかった。 過去幾多の講演会で、またセミナーで、積み上げてきたプレゼンノウハウや伝達術を、8月6日のあの登壇の瞬間、彼女は捨て去った。美辞麗句を並べ、即興でなぞるような便利なプレゼンを駆使したところで、一旦何を魅了するというのか。 いい会よりも、「残る」会にする。その決意が、あの直立不動の講演を生んだ。 帰るなき 機をあやつりて 征きしはや 開聞よ 母よ さらば さらばと 歌誌「にしき江」主幹、鶴田正義氏の読んだこの詩(うた)は、知覧を飛び立ち、決死を遂げた特攻隊員を想い詠んだものだ。 もうあれから80年が経とうとしている。それでもなお、色褪せることなくこの詩が知覧特攻平和会館に鎮座するのは、命を賭した者への重みであり、未来へのコミットそのものだったからだろうと思うのである。 きな臭い話をしたいわけではない。戦争とツーリストシップとの対比や風諭(ふうゆ)がしたいわけではない。心に残るということは、そして心に「残す」ということは、実に重く、切実なる柱を立てるということであり、田中代表は、あの時計台のど真ん中で未来への柱を立てた。魂が揺さぶられたという感想が絶えなかった理由も、そこにあるのだろう。「さらば さらばと」とは別れではなく、生き抜くという決意の詩である。 第二回の終焉は、つまりは第三回の始まりを指す。いい会だったねと、互いに慰め合うことはしない。向かう先は、ツーリストシップが地球に違いを創る日、そのコミットする近未来から目を離してはいけない。 うまくいったかどうかは、今の私たちが評価を下すことは許されていない。やがて訪れるその歴史が証明する。田中代表の口数が少ない意味は、恐らくそこにあった。だから、希望が持てる。だから前に進む。「今か 今かと」。 鶴田正義氏が詠んだあの詩は、鎮魂歌であり希望の詩だ。それは、共に歩み、共に分かち合おうとした男の想いであったからだ。だから私たちは、このかけがえのない「今」を享受させて頂いている。やがて私たちに、今を生き抜く決意が芽生える。そしてこれからも、私たちは、未来を生きる。 8月6日当日、この猛暑の中で、あの時計台に足を運んでいただいた、皆さまお一人おひとりの想いと共に。

Vol.017  場が人を動かす。「観光大使」にインスパイアされた広島にて。

2030年、人手は644万人不足する。 パーソル総合研究所が打ち出した未来予測。企業が求める人材と、仕事を求める人材との需給ギャップが、2030年、シャレにならないほどの深刻な「人不足を生む」と予言している。 他方で、それだけの人材難が揶揄されても尚、人材業界、いわゆる人材紹介会社やマッチングを生業とする業界の盛況ぶりが報道され、過去最高の増益増収とのニュースが飛び込んでくる。人材業界の盛況ぶりと、深刻といわれる人材不足の未来図にもまた、奇妙なギャップが生じている。 何とも不思議な話である。人材が足りないから企業が人材紹介にすがる気持ちはわかる。採用ができないからだ。だから人材業界は増益増収なのだろう。しかし、人が足りなければそう簡単に決まらないはずが、決まるところは決まっている。採用できない実態が、人材紹介会社の売り上げを伸ばしているという、ややチグハグな相関関係がある。一体この出来事が、私たちに何を示唆していて、何を意味しているのだろう。ずっと考えていたテーマだったが、そうかと気づいた瞬間があった。人不足だけが問題ではなかったのである。 田中代表の鼻息は、今日も荒々しい。新しい気づきや、大きな見通しの立つアイデアが思い浮かべば浮かべるほどに、その語気には気合が乗る。結果、鼻息が荒くなる。 旅先クイズの出展を、広島で開催。運営クイズの出題者を初めて「ひろしま観光大使」の方々と共同した。ちなみに「観光大使」とは広島をPRするボランティアの方々のことで、報酬はない。そういう方々との旅先クイズを展開したのである。そこは想像を絶することの連続だった。やることなすこと全てにおいて、観光大使の皆さんの気合の高さ、鼻息の荒さ(違う意味だが)に脱帽した。 ここまでやってくれるのか。満足に休憩も取らず、観光客がそっとテント内を覗けば、わずかの休息で口にしていたおにぎりでさえ脇に置く。このホスピタリティ、本物だと田中代表は感服する。 2030年、人手は644万人不足する。 本当にそうだろうか。どうも怪しいのだ。あれだけの観光大使の皆様の八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見るにつけ、大暴れしたい人、お役に立ちたいと希(こいねが)う人たちは、実はもっともっとたくさんいるのではないか。人不足って、本当なんだろうかと。 人が足りていないのではない。その気合の、その情熱に耐えうる思いの丈の、受け皿がないのである。一人ひとりの個性やポテンシャルを、発揮できる場を生み出していない可能性がある。 ただ淡々と、「こういう作業してください」とか「これさえすればいくら払います」のような、実に功利的に見えて想いの乏しい場創りが横行しているから、人材はその場に振り向かない。どんな仕事にも、想いがあり、気合があり、広島の観光大使のような志がある。人不足の前に、場所不足。志を立てる場所の、不足ではないか。そう仮説を立てれば筋が通る。広島の観光大使を募集した際、たくさん旅先クイズ会に応募頂き、なかなかの倍率だったことを田中代表から聴いて、余計に思った。 企業戦士として奮闘してきたベテランサラリーマンの方は尚更だろう。この多様化した社会は、一時期を築いた勇者たちにとって、VUCAに表されるような住みにくい時代ではない。もう一度、あの青春を呼び起こす、実は「好機」の時代なのである。 そう思えばニッポン、まだまだ余力がある。労働生産力といった、数の論理ではない、違った余力だ。想いであり、想いからくる行動であり、俺はここにいるという自覚であり、その信念の、その志の発揮すべき余力を、手をこまねいて傍観させるわけにはいかないのだ。虎視眈々と、志が、その場が、狙っている。だから、旅先クイズ会が盛り上がる。その場に、その余力に、ひとの心は踊るわけである。 人不足を超えた、場所不足。志の開花する場所不足。その不足を補うに余りあるポテンシャルが、このツーリストシップにはあったという、広島でのエピソードである。 ちなみにこの「ひろしま観光大使」になろうと思えば、どこに住んでいても、いつからでも誰でもなれるそうだ。この門戸の広さ、そして未来志向の着想が、あの生き生きとした旅先クイズ会を輩出したという意味でも、納得がいった。開かれた社会は、ツーリストシップの目指す大事な一里塚だ。

Vol.016  無計画であることの大切さ。それを何とか《する》のが、田中千恵子だ

「これで、何とかなりますか?」 定例ヒアリングの後半で田中代表が、思い出したかのように言い放ったこの言葉。無論、何とか《なるか》ではなく、何とか《する》のが私の仕事だ。だから問題ないと言ったら、 「経験は、きっかけですからね」 という、何とも言えないフレーズが追い打ちをかけた。確かに今日は何のテーマを扱ったのか、うまく整理できない。そもそもツーリストシップ史上に残る大偉業のことには一切触れず、ただ出てくる田中代表の感情を受け止め続けていた。この不意のやり取りをしながら、ふと頭に浮かんだ言葉があった。 セレンディピティという言葉である。「思いもよらないもの」「偶然の出会い」によって運ばれてくる幸運のようなものだ。 出逢いの全てがもし、計画されたもの以外には起こりえず、予測できるものであったとすれば、何と安定したつまらない人生なのだろうと思うことがある。人の気味(きび)というものは、幾多の不意打ちによって作られている。人は約束されていないことに出逢うたびに、人生の奥深さと、ある種の使命感のようなものを抱く面倒な生き物なのだろう。「ありがたい」とは「有難い」であるから、感謝にはいつも「普通あり得ない」「予測できないもの」であることが本来は大前提なのかもしれない。感謝の数は、つまりは不意打ちの数。だとすれば「無計画」というものも、あながち悪くない気がする。 そもそもセレンディピティという言葉は、ペルシアに残るおとぎ話『セレンディップの三人の王子』が起源だと言われている。父王に命じられて旅に出たセレンディップ(現在のスリランカ)の3人の王子が、途中で遭遇するトラブルを、それぞれの知恵と機転で見事に解決していくというお話し。 田中代表のここまでの歩みは、きっとこの知恵と機転によるものだったのだろう。3人の王子と同じく、彼女はツーリストシップという航海の旅を、こうしてセレンディピティに舵取りしている。 もしかしたら、彼女に「計画」というのはいらないのかもしれない。事実彼女は、幾多の不意の出逢いの積み重ねで今日を迎えている。約束されたものなど何一つなかったはずだ。その出逢いを田中代表は、ただただ《有難く》受け止め、その感謝を形に変えていった。 そう、その感謝の形の一つが、本来ど真ん中で取り上げるはずだった、ツーリストシップの書籍が遂に発売になって、京都の書店のあらゆるところで置かれている、という史上最大級のニュースであった。この偉業を差し置いて、彼女はその「無計画」を語り出したのだった。 でもこれで合点がいった。書籍の誕生は確かに偉業だが、もちろんゴールではない。その先に大きなミッションを見出したるものにしか映らない景色を、彼女は懸命に逃すまいとロックオンしている。だから、書籍のことはもう既に、「次の何か」の布石になっている。 「これで、何とかなりますか?」 ハッキリ言えば、何も、何ともならない。何ともならないから、「何かが生まれ続けてきた」のがツーリストシップの歴史であり未来だろう。だから、何とか《する》。そういうことでこれからも、ツーリストシップは歩み続けていく。 彼女に圧し掛かった責任というものが、この本には乗っかっている。だから書籍の誕生をまだ「喜ぶものではない」のだろう。新聞広告に自分が出した書籍が載っている。それを見つけた瞬間、「やった」ではなく「まじか」が先に来るそうだ。第一人者にとっては、そういう世界なのである。 セレンディピティの旅は、これからも田中代表を支え続ける。知恵と機転が、この先の未来に一石を投じる。何とか《する》のが、田中千恵子だ。

Vol.015  三人でかいた汗、ツーリストシップ研究所とは何なのか

住宅街の中にある児童遊園に入る。そこで、本来は目立つはずの、子どもたちが無邪気に汗をかきながら楽しむ遊具よりも、圧倒的に目立つものに出逢う。 禁止事項に満たされた『ボールを使うな』『バットを持ち込むな』『自転車を乗り上げるな』『ゴミは持ち帰れ』の看板たちだ。 書いていることはごもっともだが、どこか他人事のような、俺が言ったわけじゃないけど的な、責任転嫁の集合体のようにも映った。大人たちがここまで禁止事項を鼓舞して子どもたちを制限しておいて、やれゲームのし過ぎ、YouTubeの見過ぎと、部屋にこもる子どもたちを、まるで知ったような口調で批判する。これだけ看板が増えたということは、大人と子どもの間に、大きな距離があるからだろう。つまり、大人たちの腰砕けが生み出した看板たちだ。昔は怖い近所のおじさんが、やかましいガキ大将を叱咤し追いかけ回したものだ。今はそんな大人たちはひっそりと鳴りを潜め、静かに役所にクレームをして、黙って看板を掲げる。自らの手を汚さず、全て丸くきれいに収めていくしたたかな大人たちに嫌気がさし、コスパだタイパだと騒ぎ立てる子どもたちのやるせない想いの方がむしろ私は理解できる。子どもたちの真価本領でもあった、純で、不器用で、無邪気な汗は、もはや児童遊園には、ない。だから子どもたちは、部屋に籠る。大人たちを、バカにする。ずらりと並ぶ看板たちをみて、思った。 先日、田中代表と井本ナレーターと小生の3人で、ツーリストシップ研究所をどうしていこうかと議論をした。誰に向けて、何について、どう広めようと話した瞬間、はたと違和感があった。 俺たちはそもそも、《広めようとしていたのか》ということだ。色んな展開を水平に伸ばすことは、この社団法人の根幹であることは言うに及ばずだ。もっと言えば、ここまでの水平展開は見ていても心躍る。いいぞ、もっと広げよう、もっと触れ合おう。このビジョンに間違いはない。 しかし研究所の役割は、その水平展開と決してイコールではなかった。いわば探究であり、試行錯誤であり、横ではなく縦に、垂直に伸ばし深めていくことであったはずだ。ただの善し悪しや効果の有無を推し量るものではなく、様々な論点や疑問、驚愕の見方や変わった視点も全て包含できる懐の深さを持ち合わせること。ツーリストシップ研究所とは何かという実直な問いでさえも、簡単に答えを引き出せないほどの気の遠くなる深さ、その垂直にそびえるポールに私たちの縁(よすが)があったのではないか、という気づきだった。 児童遊園に掲げられた看板たち。遊具以上に幅を利かせたあの水平展開は、どれも正しく、立派な意思だ。しかしそこに、汗は感じられない。オートメーションのような、無機質な言葉達だ。手を汚さない高みの見物は、ツーリストシップ研究所では許容したくない。いみじくも田中代表は、その議論の中で《汗》という言葉を何度も使った。汗が大事だ、汗を感じたいんだと。子どもたちの無邪気なハートは、その汗に集約されている。たくさんの出逢い、体験が、その汗を生み、やがて立派な大人になっていく。立派とは、己に垂直に立てたそのポールで生きていくということだ。安易で他人事な看板に、そんなマインドは皆無だ。 ツーリストシップ研究所は、これからも堂々と、その垂直を生き、何度もさ迷うことだろう。そのプロセスに、私は大きな希望を感じる。ぶさいくで、不器用で、馬鹿みたいに騒ぐ大人たちが、本当の意味で子どもたちを先導していく。看板なんてはぎ取ってしまえ。俺と会って話をしようじゃないか。一緒に、汗をかこうじゃないか。 そんな未来を、創りたい。

Vol.014  ツーリストシップ版 田中千恵子用語集①

天然素材という言葉は、今のご時世特に稀有な存在なのだろうと思うことがある。 より簡潔に、わかりやすく、そして一気に良さが伝わる戦術として、例えば動画配信であればほんの数秒のインパクトを集約することで、やがて「バズる」ことがある。つまり、わかりやすく伝わるということは、手が加えられているということだ。 素材そのものを、時間をかけて味わう、また何も手を加えぬままの、原石のままに触れる事さえ、今は難しくなった。 確かに、相手に伝わりやすいということは尊い。説明書きがある、要約してくれている、手順を示してくれている。どれも分かりやすさを生み出す価値である。 だがどうだろう。出てきた言葉をあえてそのままに、あるがままに表現してみた場合、その言葉達にどんな翼が生えるだろうという想像を、してみたくなったのだ。 先日の夜中に書き起こした、田中代表から飛び出した言葉達の、あるがままの天然素材に、今日はご招待したいと思う。その言葉達にどんな翼が生えるのだろうと、頬を緩めながら。 【ぎっくり背中もどき】 しゃっくりが止まらなくなり、背中がつったような感覚を覚え、これはぎっくり腰《のような痛め方》に違いないと確信しつつも、《いやでも動くし、痛いけど、ぎっくりではないかもしれない》と思ったか、《そもそも背中にぎっくりってあるのか》という自身への疑念が、最後の「もどき」を生み出している。今回のセッションは、この言葉から始まっている。 【墨田区観光協会】 すみだ観光プロモーションカー「すみーくる」など、観光に対する真摯で誠実な姿勢を感じさせる一般社団法人。田中代表が先日この墨田区観光協会様とブースを出展し大好評。是非フランチャイズ化をしてはと提案され、おお、それはいいぞと算段に入ったとか。ツーリストシップが京都を飛び越え、関東にも触手を伸ばしている証左のエピソード。 【シビックプライド】 愛をプライドに変えていく。田中代表のこの名言と共に表出した言葉。シビックは市民、プライドは誇り。いわばその土地に住まう方々が、この街に抱く意識的なもの、またはプライドそのもののこと。郷土愛にも近い言葉だが、より「相手に示す」「鼓舞する」ような意味合いを含んでいる。つまりPR的要素が高い。「そうか、例えばボディビルダーが舞台上で、こうやってポーズしたりすることかな」と振ったら「ああ、まあそうですね」と軽く流された。 【フランチャイズ】 墨田区観光協会様から飛び出したフランチャイズ。もはやここで示すまでもないくらい、コンビニやスクール系の定番のビジネスモデル。この「ビジネスモデル」をツーリストシップが手掛けるかもしれないと、考えただけで私は少し胸が躍った。広がる速度が違う、波及効果のインパクトが違う、その点で効果的だという見方と、本来のマインドが薄れかねないという懸念も併せ持つ。今後の成り行きに注目だ。 【堂々と話せるようになった】 田中代表が最近得た自信にまつわるエピソード。いつも下手に出ていたが、ある時やっぱり偉そうにマウント取られそうだったので、さすがにそれはないだろうと「強め」に言ったら、相手は案外「そうですか、じゃあ」と引っ込めてくれた。なあんだ、言えばわかるんじゃないか、と思って、そこから「堂々と話せるようになった」という言葉が生まれた。私に言わせればあなたは昔から「堂々と話していた」と思いますが何か。 【流行語大賞】 ツーリストシップを流行語大賞に!その想いが少しずつ具体的な歩みに変わってきているという。しかし、単純に流行らせればいい、バズらせればいいという話ではなかった。綿密な計算、バックキャスティングからの計画が重要であり、その設計を今考えている、またはブレーンに考えてもらっているということだ。年末のあの舞台に、田中代表が立つ日が来るかもしれない! 【現場感は自信になる】 現場に立つことで分かるもの、五感に届く実感に勝るものはない。そこに漂う空気感、人と人とが直接対峙するときの感覚、匂い、音も、その全ては現場に立たなければ分からない。田中代表が続けている出店ブースもまた、その大事な現場の一つである。自信とは、現場に立脚したからこそ得られるものであり、そこに立った私が、ここにいる。もうそれだけで十分なのかもしれない。 【まだまだペエペエなので】 ひたすら頭を低くしたところで仕方がない…とはいえ、田中代表の「まだまだです」は口癖だ。大きな理念があるからこそ、神は細部に宿る。更に加えられているペエペエという発音は、ちょっと残念そうな感じで「ペーペー」ではなく、やや語尾を上げて「ぺえぺえ」となるのがポイント。ちなみに「ぺいぺい」とするとキャッシュレスになってしまうから要注意。 【その中に入っていくこと】 現場感は自信になる、という格言から、もう少し先に進んだ言葉。中に入ることの大切さを田中代表が語っていた。制度が障壁なら、その制度を作るメンバーに食い込めばいい。問題点があるのなら、その問題が生み出される場に入り込めばいい。観客席に居座ることを、きっと田中代表は好まない。実際に芝生に立ち、ボールの感触を得ない限り、その試合の主人公にはなれない。一見当たり前のロジックが、こうも迫力を生んでいるのは、きっと田中代表は、それを地で生きているからだろう。 どうですか、このフレーズたち。30分くらいのお話の中で、色んな背景と共に、出てきた言葉達をできるだけ原石のまま抽出してみました。 今のご時世に抗い、言葉達のままを、ごつごつした状態で表出させてみたときの、皆さんの心の中に生えた翼は、どんなものだったでしょうか。共感?違和感?意味不明?何でもいいです、それこそが、翼の本来の姿だと思います。 それぞれの翼が、それぞれの地で羽ばたいていくことも、ツーリストシップなのかもしれないなあと、思ったのでした。 

Vol.013  眠れぬ夜の流れは絶えずして

日本三大随筆の一つと言われる「方丈記」。著者の鴨長明が、まさか800年という年月が経ってもなお、こうして読まれ続けている現実を推し量ろうはずはなかった。 出世街道から堕ち、京都・日野の山中にある方丈の庵(いおり)で余生を過ごしたミニマリストの先駆者は、確かに無常の世の中と、見栄や物欲に支配される中で本質的な幸福を問うたその姿勢に普遍性を見たことは想像できる。しかしまさか、800年という年月に耐えうる偉作になろうとは、これは未来のいたずらか、偶然の産物か。未来を紡ぐヒトカケラを、幾重にも折り重ねて時代は生まれ、やがて朽ちるを、繰り返す。 「あれだけ読めば日本がわかる」 巨匠・解剖学者の養老孟司氏は、方丈記をこのように評していた。まさかと思い自身も拝読したが、そこまでの奥深さを感じ取れなかったものの、駄文のない澄んだ表現は、なるほど今も尚読まれる理由の断片に触れることができた。 400字詰め原稿にして25枚程度の分量が、こうも私たちの心に「残そうと迫りくるもの」があるのだとしたら、一体それは何なのだろうと、眠れぬ夜、深い闇に覆われた間断の窓を眺める。 田中代表は先日、あるお坊様と出会う機会があった。そこで建築中の土台を見せられ、かかった費用を聞いて腰が抜けそうになった。億単位の買い物、なぜそこまでしてお金をかけるのかと聞くまでもなく、そのお坊様は、500年後をイメージした建築だからこそ、億単位を要したのだと教えてくれた。 500年後を見据えた買い物。もはや他人事のように聞こえる500年後は、そのお坊様にとっては「成し遂げたい未来」として自身のミッションに手繰り寄せていた。500年を背負う人物の視野には、数代に渡るこの先の、いるはずもない自分自身が映し出されているのかもしれない。 狙えるはずもなく800年の時を跨(また)いだ鴨長明と、意図的に500年を見据えるお坊様とに、もし共通するものがあるとすれば何だろうと、深まる夜に想像を巡らせてみる。どういう人が、どういうものが、時代を超え、長年に渡る価値を創り出していくのか。 「ネプリーグって知ってます?ブースでやってみたいんですよね」 ふと、田中代表のその言葉を思い出す。そして瞬時に、合点がいった。 バックキャスティングで物事を生み出し、動き出す志の高さ。そして無邪気に、思いのままに、「こうだ」と決めて真っすぐに取り組める純粋さ。 そうか、この純度の高さが、後世に残る理由なのかもしれない。やってみたいことがストレートに現れる田中代表にも、その純度の高さが感じられる。そういうことかと、腑に落ちた。 遺すこと《そのもの》が目的ではなく、ただ《こうでありたい》とする《意図を持ちつつ自由度のある》状態、ここに私たちは、本当の普遍的な、価値ある豊かさを見ていく時代に来たのかもしれない。そんなことに気づかされた。 …そしてもう一つ、冴え始めた目を擦りながら、気付かされたことがある。 こういうことを、眠れない夜に考えるもんじゃないと。 「あれだけ読めば観光がわかる」 間もなく世に出るツーリストシップ本を、もし養老孟司氏が読んでくれたら、こう言ってくれるんじゃないかと想像して、また眠れなくなった。

Vol.012  荒れた言葉達が、未来の沃野になる

言葉というもの、けっこうぐらぐらとしていて、単独でいることはできないのである。 不安定なのだ。何かと化合したがっているようなのだ。だから連想ゲームが成立しうるのだ。 『千夜千冊』で有名な著述家、松岡正剛氏の抜粋である。 “連想ゲーム”というテーマの中で松岡氏は、言葉というものは、周辺領域にある様々な別の言葉をつなぎ合わせ、人は様々な連想や関連付けを行う動物であると表現する。 そこには、目に見えない「ことば」という媒体を通じて、感情や想い、そして苦悩やもがきといったものを露わにする、人類の性のようなものを感じた。言葉が単独でいられず、化合を求めたがるのが本来だとしたら、きっと私たちが口にする「ことば」は、美意識や慣例と言ったものをかなぐり捨て、ただただ一途に、その生きざまを野ざらしにしながら、方々(ほうぼう)に放たれ続け、影響を与え合うのだろう。本気であればあるほどに、言葉は荒れる。荒れるからこそ、周辺の言葉達と融合する。その融合が未来を創る。その力強さこそ、「ことば」の威力なのだろう。 この日の田中代表は荒れていた。やけくそとか、怒りとか、そういうことではない。無限の可能性を前に、恐れや不満によるものではない、高ぶる想いを野ざらしにした、一種の武者震いに近い。 意見の相違が起こる。その違えた事実が様々な摩擦や、乾いた空気を生み出す。しかしながら、この違えたもの同士が、やがてまだ見ぬ未来を創り出していく。そうやって人類の叡智は、時代を追うごとに、イノベーションの程度を増していった。 「けっこうぐらぐらとして」いるその言葉達が、相手に届き、想いを巡らせ、そして周りの人たちの心を揺さぶる。ぐらぐらと揺さぶってくれる仲間がいる。過去誰にも相談できない、一人での運営を強いられた頃を思えば、今のこの喧々諤々と議論ができることの、何と恵まれたことか。田中代表は今、しみじみとそれを感じている。 逆境が順境な未来を創る。順境な道のりに成長はない。そのことを田中代表は胸に秘め、今日も訪れる難問に戯れている。化合した言葉達が、やがて未来への連想ゲームをし始める。田中代表の荒れた言葉達は、果たすべき未来像の連想ゲームを止めることはない。本気であればあるほどに、その躍動感は社会を動かす。 NHK『クローズアップ現代』にツーリストシップのブースが登場した。来週には日経新聞にも載る。そんな華やかな実績も、彼女に言わせれば一里塚だ。 この日の田中代表は荒れていた。この荒れた言葉達が、未来の沃野を意味していた。私に言わせれば、何ともたくましく、そして何とも、微笑ましい。(1075文字)