Vol.31 ディレクションにもがく春。

それは明らかに「起きたばかり」の声だった。 最近の早朝ヒアリングにも幾分慣れた頃、疲れは不意に体を襲い、寝覚めを悪くする。慣れというものがなければ人は生涯に渡って緊張し続けないといけない。だから「お前最近、緊張感がないぞ」というのは別段悪いわけではない。適応力の高さであり、昨今使われ始めたカタカナの一つ、「レジリエンス」の発揮そのものである。 慣れによって寝覚めを鈍化させたその体が、少しずつ熱っ気を帯び、テンションが二次関数のように空に向かう。その原動力となったのは、「ズレ」という課題が話題に上ったあたりだった。 田中代表は今、ディレクションという仕事の難しさを噛み締めている。ディレクション、言うなれば求めるゴールに向けての管理力と、資源の適切な再分配力が求められる仕事だ。世の中にあるものの大半は、誰かの手によってディレクションされたものの集大成であり、その過程のドラマであり、地味でも派手でも、そこには人の手によって現された何ものかがある。ディレクターの意志とはまるで真反対の方面に転がることもあれば、その意志に勝手に呼応し予想外の大作を生み出すことさえある。それぞれの発揮する能力を発揮させながら、その個性を開花させながらも、一つの大きな大河にアサインしていく調整力も問われる。突破力に満ちた人は得てしてその加減を知らない。行動力に長けた人こそ、このディレクションは却って難しいかじ取りを迫られる。 そう、田中代表もその恵まれた突破力が幸か不幸か、ディレクションに頭を痛めていた。しかしただでは転ばない。手痛い話なのに、にわかに声色が太くなり、今にも飛び上がらんとするその勢いが、さっきまで寝ていた人とは思えないほどのイントネーションになっていく。そうだ、このズレこそが躍動感を創り出すのだ。 人は「ズレ」や「違和感」からくる「なんでだよ」みたいな欲求不満な自分自身に、力が沸き、叡智が宿る。順風満帆でなだらかな暮らしに、眠気を覚ますようなアトラクションは期待できない。その力強さは、「ズレ」によって生まれる。私は、そんな血気盛んな鼓動と、早朝から出逢うことができたわけだ。 そしてその葛藤は、挑み続ける人間にとっての栄養剤となる。その葛藤が成長の起爆剤だ。確かにゆるやかな流れも悪くない。しかし、その落ち着いた趣(おもむき)は、荒れ狂う波の谷間にあってこそ心が解かれる。暴れん坊な展開と昵懇(じっこん)の間柄になることこそ、本当の安定を手に入れることができる。そうだ、今にも春の嵐がやってきそうだ。田中代表から聞こえる試練の連続に、そんな連想も生まれるわけだ。 3月は、出会いと別れが交差する。田中代表の出会う旅も、東西南北では飽き足らず。その躍動感は、何もフィールドの広さだけを意味しない。上下左右に揺らしながら、一つの作品を仕上げていく深さにも手を伸ばそうとしていたのだ。 田中代表。あなたは一体、どこまで大きくなるのですか。出会い別れる旅の一つひとつに、何を想うのですか。静けさに整う朝、そんな問いさえも生まれる。「起きたばかり」の、春暁(しゅんぎょう)の頃である。

Vol.30 南国の空に、浮かぶ凧

暖冬とはいうものの、なかなかな底冷えの2月。田中代表は石垣島にいた。 「飛び込みたくなりますよ」 冷える本州とは裏腹に、石垣に映えるのはまさに燃える海、青い空。島が織り成す誘惑に体が吸い寄せられる。 『凧(いかのぼり)きのふの空の ありどころ』 与謝蕪村氏が詠んだとされるこの歌は、空に舞う凧を見て、いつかの空を思い出したという意味があるそうだ。その時思い出した蕪村氏の空は、いつの、どんな頃の自分であったのだろう。果たして石垣の空は、田中代表のツーリストシップを、どのように映し出したのだろうか。 この日のセッションは、「食べていけるかどうか」という話が後半を占めた。数々の学友たちが就職していく中、田中代表はほぼ一人で、この社団法人を立ち上げ、いわば他とは異なる道を選んだ。資金繰りは大丈夫か。人は集まるのか。試練は多く、障壁もあったことだろう。あの日、どうしようもなく天を仰ぎ、嘆いたであろうあの空たちは、今の田中代表にとって、どう映るのか。当時の大変だった頃(今も決して大変ではないということではないが)凧が仮に空を泳いでいたとしても、彼女の目に入ることはなかっただろう。 石垣島の方々との触れ合いが、更にツーリストシップを大きくした。語れば語るほど、膝をつき合わせればつき合わせるほどに、関係性が築かれ、新たな展開が生まれていく。人は仕組みでは動かない、関係性にこそミッション実現の糸口がある。鼓動を傍で感じられるような距離感にこそ、本当のツーリストシップがあると実感する。 石垣島での滞在で、改めて思ったことがある。資金面において、もっと有効活用できる方法はあるはずだと。もっと効果的に、そして効率的に、ことを進める手立てがある。滞在の中で、島民の方々と触れ合う中で、思っていたことがやがて確信に変わる。だからこそツーリストシップが必要なんだ。だから私はこうして、稀有な道を、いばらの道を選んだのだ。凧が舞うあの空に、南風が吹いた瞬間だった。 気が付けばこの連載も30作を迎える。果たしてどんな方々に、どんなことを思い描きながらご覧いただいているのかは、小生知る由もない。行為そのものとしては、ただ空に向かって空砲を打ち鳴らしてきたのと同等であろう。しかしその空に、どんな意味を見出すかは自由であり、選択の余地は広い。読者の方々からの反応は力になるが、その反応ばかり追っていては肝心なことを打ち損ねる。寄りかかり、解き放ち、この距離感の連鎖が30作を生んだといっても過言ではない。そういう節目に、この石垣島の、そして「きのふの空」を取り上げたことは、決して偶然ではない気がしてくる。 「飛び込みたくなりますよ」 日々《飛び込み続けてきた》田中代表の言葉だからこそ思わされる。実はもう彼女はその海に飛び込んでしまったのではないかと。南国の海とはいえ2月である。想像するだけで鳥肌が立つ。実際あの後、本当に《飛び込んだ》のかどうかは、想像に任せることにしよう。 『凧(いかのぼり)その空砲の ありどころ』 拙い文章にここまでお付き合い頂いた皆様に感謝を添えて。改めてこの場をお借りして、御礼申し上げます。小生の空砲が、皆様の心に、その青い空に、どんな音色を響かせているだろうと想像にふけりながら。そして田中代表が、2月の海に飛び込むさまを、想像しながら。

Vol.029  いま、「ゆらぎ人生」が面白い。

私のわがままで、今日は早朝からのヒアリングをお願いした。最近夜中にやると、うちの子どもたちの評判がすこぶる悪い。「夜遅くに何やってんだ」というお叱りを受ける始末だ。無論、やっていること自体は非常に健全であることは間違いないのだ(というか信念しかないわけだ)が、日頃「早く寝ろ」とまくし立てているのは親である。まあ子どもたちの言い分はごもっともであり、従うべきだ。…まさか、 「いいか、お前らは余計な事言わなくていい。俺に時間帯など無関係だ。いいから黙ってろ」 みたいに言うわけにはいかない。昭和の親父ならばこういう感じなのだろうか。我が家にそんな文化はない。ダメなものはダメ。その理屈に立場も年齢も関係ない。昨晩も食事中、「左手はテーブルの上!」と長女に叱られたばかりだ。そういうわけで今日は、田中代表には早起きをしてもらおうと思ったのだが、既に彼女はもっと早く起きていた。 田中代表の、忙しい合間を縫っての早朝である。福岡空港にて移動しながらのヒアリング。横から聞こえる歯切れのいいアナウンスの発生が時折、対話の中に滑り込んでくる。その都度ヒアリングは中断され、聞き返し、仕切り直される。 電波の都合、騒音の侵入、それらをかき分け、文字に起こす。このありさま、「そんな簡単に、すんなりいかない」ところがまた憎いとでも言いたげだ。どこか、人生の縮図にも思えてくる。言葉の断片だけが耳に入る。決して悪いわけではない。その断片から想像される全体像が、創造性を生み、夢を創り出す。不完全を危惧するよりも、この不完全な断片が面白いのである。今ここにあるノイズでさえ、出逢いである。そう思いながらも、何度も聞き返す自分がいた。 大分での講演を終え、田中代表は心が震えた。書籍にサインを依頼され、「また来てください」と言われたこの地を、田中代表は「今後もイベント等で注力したい場所になった」と声が弾む。それはツーリストシップの未来に対する大きな期待であった。だから余計に、その想いが、暖かさが、しみた。大分の地元の方々の、まさに誠心誠意のおもてなしが、田中代表の心を打った。感謝の念に堪えない感覚を持ったまま帰路につく。当然のように、後ろ髪を引かれる。「また来たい」が自然と沸き起こる。感謝の連鎖が生まれた瞬間だった。こういう出逢いの連鎖を、幾度となく経験してきた田中代表でさえ、今回の体験は稀有だった。 他方で課題もあった。この先のビジョンに対しての、協力者(メンバー)との向き合い方である。ツーリストシップを2024年の流行語大賞にする。そのためにも海外での認知を上げていく。その力強い宣言の裏では、「誰と」その喜びを分かち合うか、社団法人としての活動そのものを見つめ直す時期にきたと感じている。言い出しにくそうに切り出すその声色は、少し揺れ動いてはいても、澄んだものを感じさせた。 たくさんの方々に支えてもらった、その感謝をどうやって返すのか。メンバーの顔が浮かんでは、思うことがあった。「そんな皆さんご自身は今、それぞれの場で、何を思うのだろう」と。田中代表は今頃、飛行機の中で「揺れている」。 いま、「ゆらぎ人生」が面白い。 文筆家の藤井康男氏が30年ほど前に書いた書籍のタイトルである。詳しく読んではいないが、私も意味は違えど、「人生は揺らぎではないか」と思うことがある。その揺れの中にいるからこそ、芯は掴める。直線でつながれた最短距離の成功では、あまりにもドラマがなさすぎる。今まさにその「揺れ」こそが、田中代表にとってのジャンプ台になるのだろう。 論点はもう一つある。ジャンプするそのバスに、誰と乗るか、という問題である。ツーリストシップのバスは、既にかなりの速度で駆け抜けている。先日、世界的に権威のある『X.Awards』で田中代表はリーダーシップ賞を受賞した。決して簡単な事ではない。目覚ましい活躍、加速するバスがこうして形となって証明された。今後益々加速していく。その加速するバスに誰を載せるのか。揺れるバスの車窓から、何が映るのか。ツーリストシップは田中代表に、誰を乗せるのだと、囁いているのか。 「家揺れてるって。やめて」 貧乏ゆすりする私を諫(いさ)める長女の指摘が今日もこだまする。その声に耳を傾けるかどうかは、この先の長女との関係性を左右する。私のバスにはもちろん、家族が乗っている。左手を指摘されても、貧乏ゆすりを叱責されても、私にとってそれは痛い指摘と共に、何にも代えがたい貴重な財産だ。 しかしツーリストシップとなると、そう簡単ではない。様々な時代の流れや市場の揺れを感じながら、社団法人としての在り方が問われる。様々な揺れに身をゆだね、決断していく運命を背負うのだ。 いま、「ゆらぎ人生」が面白い。 この言葉、俯瞰すればするほどに、今後を左右する重要なキーワードに見えてきた。「ゆらぎ人生」とは何なのか、藤井氏に直接聞きたいところだが既に鬼籍に入られている。田中代表がその答えを見つけ、走らせたバスがいよいよその目的地の前にやってきたときに、真相がわかるのだろうか。 真相はさておき、ただ言えることがあるとすれば、今朝、我が子どもたちの忠告通りに夜中のヒアリングを回避したことで、幾分評価が上がるだろうことは間違いない。何にせよ、ストレートにものを言ってくれる存在は有難い。痛いことを平気で言ってくる煙たい存在こそ、同じバスに乗せるべきかもしれない。そんなことを思っていると、薄暗い空に朝日が昇った。 うん、今日みたいな「揺れる朝」も、悪くない。そういう揺れを《感じ続けられる》ことが、生きるということだと思うから。

Vol.028  台湾3泊4日の《ぶら田中》放浪記

※元日に発生した能登半島地震で亡くなられた方々のご冥福を謹んでお祈りするとともに、被害に遭われた方々に心よりお見舞いを申し上げます。 それは、旅に対しての「もう一つの価値観」に出逢う《旅》だった。 3泊4日、田中代表は単独で台湾に行った。何のプランも持たず、何の事前準備もせず、である。もともと台湾は、田中代表が子どもの頃に住んでいた場所。だからと言って、わざわざ無計画で3泊4日とは恐れ入った。 「ガイドブックも持たず、ただ街をウロウロしてみたかった」 そんな思いつきは、ただの直感ではない。旅の常識に、自ら一石を投じたくなった。 「みんな観光地といえばココ、という人気スポットに集まる。  コアで地元の人しか知らない場所にいけば、観光客が分散する。  そういう狙いもあっていい気がした」 SNSが市井の声を拾い、万人にチャンスを与え、ボーダレスにしたと言われるが、却って情報の格差、価値の格差を生んだと田中代表は考えている。だからこそ、分散すること、そして観光スポットではないところに行って、新しい出会いを生み出すことも、旅の醍醐味なのだと主張する。それを身をもって体感しに行ったのだった。 「観光地に行かなければとスケジュール詰め詰めの旅では出逢えない人がいました。  それは、地元の方との触れ合いであり、何より、自分自身だった」と田中代表は振り返る。 写真を少し拝見した。いわゆる観光地のメッカでは出逢えないであろう、地元の方々の笑顔、そしてレトロなカフェ。着飾ることはない代わりに、どことなく不器用というか、整っていない感じにも映る。その一つひとつは確かに立派な観光名所とは言いづらいものなのかもしれないが、人の体温があり、生活の息遣いが感じられる。用意されていなかった偶発的な出逢い、その一人ひとりには勿論、今ここでは到底理解しえない壮大な人生ドラマが幾重にも折り重なっている。荒れた手の甲が、刻まれたシワの一つひとつが、きっと多くの苦労と歓喜を手繰り寄せた軌跡の数だ。そう思うと、出逢う度に何だか凄い気持ちになってくる。やがて織り成す出逢いに、自らの人生を重ね合わせる。旅が私に、奇跡をくれる。やがて意味が、立ち現れる。台湾の旅で得た「もう一つの価値観」とは、そういう昨今の旅行事情に待ったをかける、大人数が集う安心感だけが観光ではないのだという訴えでもあったのだろう。 他方で、用意された人気スポットの価値は観光の生命線だ。当然である。集客力は確かに力であり正義だ。その力学が観光業界の盛衰を大きく左右する。「観光地が盛り上がる」とは、いわばマネーの綱引きに勝つ事であり、パイの取り合いを制することだ。それが現実なのだ。 しかし、そんな景気のいい話を、もはや分かったように推測し、計画通りにことを進められるなどと、うぬぼれてはならないとも思うのである。どこで何が生まれるか、何が本質的な価値になるか、まるで読めない予測不能なものにこそ、私たちはそのスリルにおぼれ、ワクワクしてきたのではなかったか。 「人間が自分の知恵や技巧に自信を持ちすぎて、何もかもが計画/計算ずくで事を為そうとする、そういうビジョンはたいしたことはないので、そういう「計らい」の外に出て行く何かこそ、現代にもっとも大事なことではないかということである。(中略)私の本音として、最後は結局、ある不可思議な何かに導かれていくことになるのではないか、そしてそれが本当に生きるということなのではないか。」 民族地理学の第一人者・川喜田二郎氏の言葉だ。川喜田氏は知ってか知らずか、この国は今年、元旦から大きな試練を背負った。日本列島は、世界の地震の10%を《保持》している危うい船である。そういう偶発性は何も良いことばかりではない。しかし、その良いことではないものを《良くしていく》可能性を内在していることもまた、川喜田氏の言葉を借りれば、「生きる」ということである。 「私って案外、人見知りなんだなあって、思っちゃいました」 今回の《ぶら田中》の旅は、思ってもいなかった自分自身への内省の旅でもあった。用意されないことの価値は、この先のツーリストシップを更に大きくすることだろう。

Vol.027  異文化交流のツーリストシップが始まる

ドイツの哲学者、マルティン・ハイデガーは、 『存在と時間』という著書の中で、生と死をこのように表現していた。 「人は死を隠して生きている。  だから《今ここ》の生を掴み切れない」。 死とは個人における終わりを意味している。終わりがあったとき、人はその日常の些細な出来事、何気ない景色に今まで感じたことのなかった意味を見出す。 彼の言う《今ここ》とは、私にとってはそういう、日常のあらゆる体験、景色に焦点を当てて、「今あるもの」を感じ続ける生き方の推奨を意味していたのではと、私なりに勝手に解釈していた。 田中代表から、ツーリストシップのコンセプトを整理したという話を聞いた。 「今一度、私たちが何を目指しているのかを明らかにしたい」 その《明らかにする》ための方法として、彼女は法人の信念を変えるという大胆な行動に出た。 「一見するとあまり変わった感じしないかもしれませんが、  結構変わってるんですけど、どうです?」 いやいや、私に言わせれば大きな舵取りである。大転換はこうして、ごくありふれた日常の中に、何気ない顔をして突然訪れるのかと思った。 マナー啓発団体から交流創生団体へ。 旅行とは、異文化交流である。 この、シンプルで力強い言葉を、まさかこの年末に聞けるとは恐れ入った。 13ページにも及ぶコンセプトの概要に目をやる。概念性の高いものから、具体化されたプランニングまで、そして今抱えている課題も勢ぞろいしていた。 そう、まるで、「終わりを意識した人間」かのごとく、《今を生きる》田中代表の佇まいとして現れていたのである。 Q&Aが特に印象深い。 Q1 なぜトラベラーではなく、ツーリストなのか。 これは言われてみればその通りだ。どちらも旅行者という意味がある。 ロゴの感じとか、発声の言いやすさなんだろうかと続きを読むと、こうなっていた。 トラベラーは、トラバーユ=労働であり、ツーリストは、ターン=回る。 つまり「色んなところに行き、交流をしていく」イメージに適しているのがツーリストシップ。 大胆な行動の裾野には、細部に宿る神経質なまでの配慮がある。 そして彼女にとっては、ちょっとした変更、「異文化交流」という言葉をメインに据えたことについて、「一見するとあまり変わった感じしないかもしれません」と謙遜したが、いや、私にはわかる。大胆にして繊細な一歩であることは間違いない。 そう言えば田中代表は最近、風邪をひいたらしい。健康って大事だな。そんなことを思ったそうだ。 先日も、今年最後の講演で喉が渇いて話しづらくなり、本人としては不甲斐ない、申し訳ない時間にしてしまったと反省していた。 来ていただいた方にとっても、この一瞬しかない価値ある時間を思えば、「もっともっと頑張ろう」「健康万全で挑もう」という意思が芽生える。 《今ここ》の生を掴み取る活動に立つからこそ、感謝も生まれ、人の痛みも分かち合える。 今思うとこの1年、あらゆるニュースに目をやると、《今ここ》を捉えきれなかった出来事が多すぎた。 相手の喜び、痛み、悲しみに寄り添えるというのは、日常に思いを馳せ、その日常の小さな変化を大胆に起こせる人を指すのかもしれない。勝手ながら、そんなことを、思ったのである。 やがて時間になり、セッションを終える。 恐らく今年最後になるだろうこのセッションの終わり方も、実に日常的だった。 また次が、始まるのである。ツーリストシップの日常がそこにあるのである。 《今ここ》の生を感じ、掴み続ける活動が、積み重なるのである。 年末の夜も、そうでない夜も。 「人は死を隠して生きている。  だから《今ここ》の生を掴み切れない」。 異文化交流としての、《今ここ》にあるツーリストシップが、始まろうとしている。

Vol.026  「もう大変」な師走にふと、思うこと。

2023年が終わろうとしている。 年の瀬に入り、まさに「師走」という言葉がぴったりのバタバタな日々を、皆様はお過ごしだろうか。 師走という言葉の語源は諸説ある。「お坊さんが走り回るくらい忙しい」が有力な定説だそうだ。お盆ならいざ知らず、年末のさなか、昔は家にお坊さんを招いてお経をあげてもらうような風習でもあったのだろうか。そんなお坊さんに負けないくらい、「忙しく」慌ただしいニュースが最近目立っている。 自民党派閥の政治資金パーティーをめぐる問題、いわゆる「あんたら、キックバックもらってるうちゃうん?」である。 日々報道が更新され、あの人もか、この人もかと、具体的な政治家の方々の名前があがる。おそらく党本部は、この対応に追われ、まさに「走り回っておられる」ことだろう。 やや客観的に見たとき(過去幾多のお金の問題が取り上げられるたびに)、思うことがある。 確かにそれが悪いことでしたと決まれば看過できないのだろうが、そもそも、なぜこうして時代が変わろうとも、お金の問題、つまり組織に根深く突き刺さる疑惑は後を絶たないのか。 そういう人物を政治家に選んだ有権者の責任、というロジックもなるほど正しいのかもしれないし、ワイドショーでもよく耳にする展開だ。しかし、いやいや、「そもそも」である。私はどちらの肩も持たない主義だが、どうしてもぬぐえない疑問がある。 どうして「ダメと分かっていること」が起こってしまうのか。大きな組織・政党を維持するうえで「何がそうさせているのだろうか」という問いに立ってみることはできないのだろうかと。 仮に、私のような庶民には知りえない力学があって、そうでもしないと政党の運営が持たないとすれば尚更である。個々の政治家の行為以前に、そういう仕組みや組織体でことを進めようとしている運営面に課題はないのか。課題とするテーマ設定を見直すことはできないのだろうかと、そういう気がしたのである。 「もう大変です」 最近の田中代表は、第一声の言葉をしれっと冒頭に載せていく私の癖を見抜いてか、なかなかキャッチ―な言葉を言い慣れてきた感さえある。力強いというか、「待ってました」のような、そんな空気感が電話越しに伝わってくる。 「大変」なのは言うに及ばず、ツーリストシップ訴求のために何が今必要か、その戦略が「大変」なわけである。やることも多い、課題も降ってくる。判断選択の機会も増していく。 嗚呼、もっと考える時間が欲しい。ツーリストシップの哲学が社会に根を張り、ぶれずに前に進めるにはどうすればいいか。そうか、私の右腕となってくれる人が必要じゃないのか。そんなことが頭を巡る。 そこで考えていることが、ツーリストシップの組織化だった。本部機能を充足させ、機動力と共に統治基盤を固めていく。あわせてツーリストシップという言葉の軸となるものを、さらに明らかにし、伝え届けていく仕組みを構築すること。このことが、未来のツーリストシップには欠かせないということだった。 もう一度言うが、私はどの政党にもどの立場にも身を置くつもりはない。しかし、ここでふと、最近の報道を思い出す。きっと、恐らく、対応に走り回る方々も、ツーリストシップに負けないくらいの志と思いを立てて今日を生きておられるはずである。なのに、こうして、疑念を晴らすことに「走り回る」年末を過ごしている。本来の国是に寄り添えぬ歯がゆい日々を目の前に、私はそのことが無念でならない。 田中代表の描く組織は、この先の未来をどう照らしていくのか。今まで以上に地球儀を駆け回り、汗をかき、そして大きなうねりと哲学を携(たずさ)え、価値を創り続けるであろうことは目に見えている。しかし願わくば、未来に向けた志「以外のこと」で、走り回るようなことにはなって欲しくないなと、まるで親心のような気持ちで聞いている私がいた。 資金面の壁、言語化の壁、組織化の壁。あらゆる壁は、田中代表を更に大きくし、しいてはそれがツーリストシップを磨いていく。それは、理事をはじめとして様々な先輩方の声を真摯に聞き入れ、即座に改善に変えている田中代表の姿勢あればこそだ。 2023年が終わろうとしている。 ツーリストシップの師走は、「忙しく振り回される」師走になるか、はたまた、嬉々として地球儀を駆け回り、その度に活力を高め合える「充実した」師走になるか。 「トップ以上の組織はできませんから。」 最後に聞いたこの言葉で安堵した。私の懸念は、杞憂であった。

Vol.025  へこみ、ふてね、おこり、きづき、つかれた。

いやー、ふて寝。 ただ寝たいだけ。 ほぼ1か月ぶりの「第一声」だ。というより、私が書いたメモの冒頭だ。 行動派も時には休む。揺れ動く感情、立ち現れる現実、その乱高下する波と戯れ、彼女は遂に、ふて寝を選んだ。 2度目の福島。そこで彼女は忘れられない書籍に出逢う。 小熊英二氏の『ゴーストタウンから死者は出ない』。その一節をご紹介する。 「被災地は大変です。一生懸命やっているが、自分のやっていることがどれだけみんなの役に立っているかわからない。」 ここで読み取るべきものがもしあるとすれば、「被災地は大変だ」という労いではなく、「なぜそんな想いに苛(さいなま)れるのか」という社会構造に対しての疑問符であろう。 職員の使命感や熱っ気とは裏腹に、その熱意を受け止める「計画性」に問題が生じている。この計画で出来るかどうかも分からないまま、職員の方々は目の前の人、そして課題に立ち向かっている。皆さんもご経験あるだろうか、せっかく熱心に作ったのに「ごめん、それもういらなかった」とか言われたときの衝撃。私だったら音まで聞こえる。がびーん、なのか、どどーん、なのか、それはその時々で違うだろうが、とりわけあの被災地での懸命な努力が計画性のなさによってもし不毛となれば、「どれだけみんなの役に立っているかわからない。」と吐露されても文句はいえまい。 つまりは、実感が持てない。 疲労感だけが募る、そしてやがて朽ち果てる構造なのだ。 この実態の欠乏が、彼女の心を打った。福島の現実を見た。 何とかしないといけない、こんなの、あってはならない、と。 ツーリストシップの普及に奔走するのは、まだ見ぬ観光客や住民の方々に、もっと本来の、楽しく意義ある社会を体感してもらいたい、否、もらう「べきだ」という強い意志だ。 福島の現状への違和感、行政を巻き込んでのロビー活動、その一つひとつが、本来のあるべき姿との乖離を原動力としていた。 彼女は「まだ」20代なのか、「もう」20代なのか。40代の私に言わせれば「まだまだ若い」となるのだろうが、社会の、そして世界の在り様から逆算すれば、「あとわずか」という形容しか合致しない。待ったなしだ。その上での、ふて寝、である。それほどのインパクトを、もたらしたのだろうか。 布団にくるまった時間は、それこそ数十分か一時間か、それくらいのことなんだろう(もちろん私はよく知らない)が、彼女の体感時計では3日間くらい寝続けてしまったくらいの「冬眠」である。 「被災地は大変です。」 言葉だけなぞれば、誰もが共感し納得する。しかし、ここに行き着くまでの道のりは、その場に立ったものでなければ、分かりっこない。簡単に納得されれば、それこそ福島が黙っていない。 それでも私たちは、何とか手を伸ばし、足を向け、その場に立ってみようと試みる。目を閉じ、心を冷やし、被災に遭った方々の鼓動を探る。しかしその度に、届かない自分の手足に、響かない自分の心に、冷ややかなものを感じ絶望する。でも、…それでも、…何か一つでもと、もがき、喘ぎ、そして、「ふて寝」する。この繰り返しは、確かに悲劇であり悲哀であるが、もしかするとそれさえも唯一の希望にするしかないのだろう。被災という体験を持たぬ私にとって、それしかできない無力さが光になる。無力であるということの実感と、その実感に立つからこそできる何かを「探すことができる」からだ。 実感が、持てない。 それは何も、あのコメントに託された当事者の想いだけではない。被災者ではない、それ以外の人の心にも、その言葉は十分なほどに内包される。実感の欠乏を静かに憂いでいる。実感が持てないということを、実感として持ち得ている。この強烈な現実を抱え、その狭間で、彼女は今日もツーリストシップを生き、笑顔で旅先クイズの旗を振る。 「へこみ、ふてね、おこり、きづき、つかれた。こんな感じですかね」 セッションの後半で言い放ったこの言葉は、シンプルにして深い。言うなれば人生、案外淡々と進むものだ。そのこともまた、田中代表は理解している。 この直後、今から別の方と打ち合わせしなければならなくなったと言って、電話が切れた。残された私の中で、今日のセッションの内容を整理しながら、改めて思ったことがある。 彼女は、実感を持ちながらも、実感に飢えている。その飢えが、彼女の心と体を駆動する。 被災地で奔走する方々と、共に生き、共に未来づくりを果たそうとしている。そのためのアクションを、「今も」し続けている。彼女は「もう」20代なのだ。 ふて寝していた人の行動とは到底、思えないほどの。

Vol.024  インタビューなしでも、言葉が意味を運んできた日。

旧ツイッターがいつの頃からか140文字の文字制限を解除したあたりから、言葉と言葉の合間、文と文と間を読むようなことが減ったような気がする。 少し飛躍も込めて表現すれば、まさに「言葉通り」「文章通り」に読み取ることこそが正確で、その文と文の間に流れる微妙な質感というものは、よく言えばわかりやすく削除され、悪く言えばワビサビを失ったということか。 昔よく、できる部下・できない部下を言い表すときに使われた例え話がある。 七輪でサンマを焼いている。別のところに呼ばれ、少し席を離れなければならくなった。 A:ちょっとごめん、サンマ見といてくれる? B:わかりました。 30分後帰ってくると、真っ黒に焦げたサンマが七輪に横たわっている。 A:え?見といてって言ったのに。丸焦げじゃないか。 B:ええ。言われた通り、《ずっと見てました》よ。 言語学で有名なJ・L・オースティンは、言葉には3つの種類があると表現した。 (1)言語行為、(2)言語内行為、(3)言語媒体行為。同じ言葉でもこの3種類があるという。 例えばフリーアドレスの職場。ノートパソコンを開き、デスクワークをしている。すると向こうから、カップになみなみと注がれたコーヒーを持った若手が近づいてきた。どうやら私の隣に座ろうとしているようだ。 そこで私が「これ、ノートパソコンだからね」と言ったとする。 (1)言語行為は、その言葉の通りだ。やってきた若者に「これはノートPCですよ」と伝えた「だけ」の話。 …まあ確かに意味はそうだが、このタイミングでそれを伝えるのは、《その言葉の意味だけではなさそう》であることは容易に想像がつくだろう。 だが言語行為としては、ただこれが「ノートPCです」をあらわしたに過ぎない。 他方、(2)言語内行為とは、その言葉に込められた内側の意味を指す。 …そう、「これはノートPCだから、そのコーヒーをもしこぼしたら、大変なことになるよ。仕事にならなくなるよ、涙。」ということを、暗に示すもの。 私なりに、こぼすんじゃないかという、「虫の知らせ」を伝えたという構図になる。ノートPCであることを伝えたいわけでなく、その先に見える危機を伝えているに等しい。 (3)さらに突っ込んで、言語媒体行為。その言葉を媒体に、何かしらの指示をしているわけだ。 …「そんななみなみと注いだコーヒー持ってくるなよ。俺今大事な仕事してて、もしそこで転倒したらノートPC台無しだろ。せっかくここまでいい感じで作った作品が台無しになるじゃないか。俺の青春を返せってなるぞ。だから、向こうに行ってくれ。そもそもなんでそんな、なみなみと入れるんだよ。コーヒーはそんな大量に入れるものじゃなくて、ほどほどに入れてリラックスするものなのに、自分は好きなコーヒー飲んどいて隣人をはらはらさせてどうする。そういえば先週もお前、取引先のえらいさんにお茶出されて何も(省略)」 言葉を額面通りに取ることで、誤解のリスクを解く。また、ちょっとした言葉足らずな部分を指摘することで、その真意を正確に読み取る。確かに尊いリスクヘッジだ。 しかし、そのことが、私たちの生活をより難しくもしている。間違いを恐れ、その文脈に流れる背景や文間に内在する意味やセンスを失っていく。文脈は途切れることなく人生の幅のごとく続いていく。文間もまた、その人その人が紡いできた歴史に呼応する。コーヒーひとつでこんなザワザワを覚え、あーだこーだとブツブツ言いあうのが人間なのだ。 …実は今回、こんなに前置きが長くなったのにも理由がある。田中代表とのセッション、今週、実施できなかった。お互いのスケジュールがすれ違い、結局何も言葉を交わさぬまま、私は筆をしたためている。 ちなみに、すれ違ったときに交わしたやり取り、田中代表からの言葉は、lineで交わした以下になる。 「すみません見落としていました」 「明日でも大丈夫です」 「気づいたらこんな時間になってました」 「もちろんです!」 「ありがとうございます!」 最後の2行は、私から「今回はインタビューなしで一度書いてみても、いいですか」という私からの問いかけに応じたものだ。 念のために言っておくが、決して私が怒っているわけでもないし、「もういいや」って諦めたわけでもない。事実最初の順延は、子供を寝かしつけいている間に「しでかした」私の寝落ちが原因である。 しかし私の中で、このすれ違いにこそ価値があると感じ始めた。語られないことから立ち現れてくる文間があるのではと、ふと思ったのである。だから、何も交わさなかったところから、言葉というものを浮き立たせ、書いてみたくなった。 交わされなかった言葉たちもまた、「言葉」である。そして残された数行のlineにも、そこにしか存在しない背景があり意味があり、メッセージがあり、それこそ、「焦げたサンマ」に負けないほどの物語がある。 この5行の文章から、そしてその文間から、どんな物語が、そして田中代表のどんなアクティビティが、皆様の心に、透けて現れただろうか。 そう、彼女は全国を奔走し、留まる日が存在しない。私も些細なことだが、目の前で起こることに、懸命に歯を食いしばって不器用にもがいている。そんな我々二人のすれ違いの文間に込められた思いが、「これです」と取り出してお見せできるものはないにしても、日々の生活それ自体がすでに、みな、それぞれの劇場を生きている。そう思えば、この5行には、ある意味での非凡さを含んでいる。 「見落として」しまうほどの目まぐるしさ、「気づいたらこんな時間になって」しまうほどの充実した日々そして、いつもツーリストシップにご尽力いただき、本当に「ありがとうございます!」という感謝の言葉と置き換えられた。私個人の言い換えではあったとしても、決して誇張ではないと胸を張れる。 ツイッターで文間を失い、サンマを焦がし、コーヒーに青春を奪われたくないと独り言をぼやく、私たちが織り成す無数のコミュニケーションの一つひとつは、その場その場で顔を出したあくまでも表層でしかない。 その裏には、途方もないプロセスと、生き様がある。劇場がある。今日はそのことを、言いたくなった。 田中代表、今回初めてノーインタビューで書いてみました。ご期待に添えたかどうかわかりませんが、いかがでしたか? …え?《サンマ焦げてる》って? …ほぉ。それはどういう意味かな(笑)。

Vol.023  田中代表の徒然日記。小さな偉業が積み重なる。

恐らく私にとって人生初の出来事だった。 …のような、冒頭から勇ましい言葉で食い込むと、きっととてつもない偉業を成し遂げたのだろうと想像される方も決して少なくないだろう。 実際は(私にとっては大きかったが)、多分、そんな大偉業ではない。同じ日に、日の出と日の入りを見た、という話である。 日の出は電車の中だった。秋空に紅色が映えていた。橋を渡るその瞬間、建物がない。山から登った眩しい太陽光が目に焼き付く。直に見ては目に悪いとわかっていても、数秒懸命に凝視しては目を逸らした。 その日の夕暮れ、徒歩で先生宅に向かう途中、ある団地の小高い丘から、夕日が見えた。さっきまで大雨だったのにこの瞬間、秋空をのぞかせ、夕日が差し込んだ。思わず立ち止まり、写真に撮った。こういう出逢いこそ、偉業ではなかろうかとさえ、思うのである。 日頃、素通りしてしまいそうなものに、物語や意味が込められたとき、素朴なシチュエーションも作用して、何とも言えない温かさが体を包む。そんな体験だった。 田中代表が今夜話してくれたことも、いわば本人にとっては大きな気づきだ。しかし世間一般的には、「まあ、そうでしょうね」と思われるか「え、そうなんですか」と少々驚かれるような、そんな類のエピソードである。しかしそれは、積み重なっていくにつれ、素通りも効かなくなる。 活動の拡張に伴い、東京への引っ越しを決めた。京都で身支度をし、しばらく会えない方と飲み会を重ねた。そこでハタと気づいた。京都にいたから、今があるんだという感謝だった。去り際になって感じる有難さ。その当たり前に気づいた小さくも大きな偉業は、私が見た日の出・日の入りを彷彿とさせた。 引っ越しのおかげで、ずっと探していたものが不意に見つかった。こういうラッキーな展開もまた、感謝の対象だ。定期的な引っ越しはアリだな。探し物を見つけるために引っ越し?田中代表の頬が緩む。 ツーリストシップという言葉を持ってから、バズったよねぇ。そんな風に声をかけられる度、田中代表は複雑な笑顔を浮かべる。そうなんだろうか。自分では気づかない。今あるのは実は怒りだ。ツーリストシップという言葉よりも、最近やたらと目にする「オーバーツーリズム」。違うだろ。ここは啓蒙の心を根付かせ、ツーリストシップという言葉を広めないでどうする。というより、なぜ私にマイクを向けない。私がいくらでも話してやるというのに。 さて、クレイジーケンバンドの出番である。「タイガー&ドラゴン」の歌詞、 ♪俺の話を聞け は、もはや田中代表のための詩になりつつある(と勝手に言っている)。 ♪5分だけでもいい …のである。いや二言目には、 ♪2分だけでもいい …のである。実際に彼女は、時間と場所を選ばず、どこでも、何にでも、どんな尺でも、ツーリストシップを語ることができる。ここ最近の講演数の凄さ、そして呼ばれる数の凄さを見れば一目瞭然である。何なら10秒で語ってやろうか?そんな覇気が伝わってくる。 最近なぜか『ワンピース』にハマったらしい。このタイミングで、という疑問符は消えない。しかし田中代表にとっては、今このタイミングに、意味があるのだろう。海賊王と、ツーリストシップを啓蒙する自身のハートが、融合したのかもしれない。 小さな気づき、小さな違和感を幾重にも重ね、静かに、そして熱く過ごした2週間。引っ越しを終え、いよいよ2030年の目標に向けて走り出す。しかし他方で、田中代表は静かである。熱いんだけど、どこか涼しい。躍進の前触れ、噴火の前兆であろうか。 日の出と日の入りを拝んだその日、私はそのまま深い闇に包まれた夜の街を歩きながら、脳内再生がやまない「タイガー&ドラゴン」を心で聞いていた。最後の歌詞はこうだった。 ♪どす黒く淀んだ横須賀の海に  浮かぶ月みたいな電気海月よ  はッ! 田中代表が引っ越す町、東京で、今宵も静かに、希望の光を追い求める。その光はまさに、電気海月みたいに水面を浮かせ、輝かせていたのだろう。 俺の話を聞け。 俺が、ツーリストシップだ。はッ!

Vol.022  旅先クイズ会に知床5か条。積み重ねたアクションから見えたもの

栗の化け物は舞台の奥に、腰を低くしてしゃがみ込む。その大きな体は、隠そうにも隠し切れない。大きな体を舞台の隅で晒している。やがて、健気な少女が舞台の中央にやってくる。 「あれぇ?確かにこの辺で音がしたんだけどなあ…」 すぐ後ろに鎮座するその存在に気づかず、無防備に辺りを見回す少女。栗の化け物は、我が物顔で少女に忍び寄る。 「うしろ!うしろにいるって!」 「あかん!やられる!そこちゃう!」 ここは娘が通う保育園の学芸会。先生たちが園児のために、即席の舞台でハロウィンにちなんだ演劇を披露していた。そこでのワンシーン、いわば「少女(先生)、ピンチ!」というやつである。 その園児たちの微笑ましくも必死な、断末魔の叫び声を聴いていて、ふとツーリストシップを思い出した。 旅先クイズ会のオーディエンスもまた、目の前に繰り広げられる小さくも偉大なクイズや出し物に、首をかしげて悩みながらも、心躍りながら〇×を掲げ続けていたのだろうと。 毎回グループLINEに報告として送られる、躍動感たっぷりの写真たちを見るにつけ、旅先クイズ会が観光地というわけではないのに、その一期一会が見事な旅の醍醐味を生み出していると感心させられる。クイズ会それさえもが立派な観光名所になっているかのような充実ぶりが心を打つ。 功利的に物事を捉え、今時のタイパ重視よろしく、無料サービスに慣れた現代人。ちょっとやそっとでは感動できない体質になってしまったかもしれない我々ではあるが、人との出逢い、アナログの良さはいまだ健在だ。いざ旅先クイズ会が始まれば、その舞台の上で、懸命にツーリストシップを体感する。あの日、必死に叫ぶ園児たちの声は、決して完成された美しさはないとしても、心がそのまま言葉に憑依した見事なイリュージョンだった。案外それと変わらぬ熱さを、旅先クイズ会は秘めている。 園児たちの懸命な「信じ込み」は、一つの才能であり力である。栗の化け物が後ろにいる。いつも頼もしい保育士さんが、そんな間近に潜む化け物に気づかないなんて。何なら涙目になって訴えている園児もいた。この没我は、大人たちを確実に凌駕していた。 信じ込みがやがて世界を変えていく。その原動力は、確かに諸刃の剣かもしれない。思い込みによる視野の狭さを揶揄されるかもしれない。だが、ムーブメントはある日唐突に訪れる。信じ切ったからこそ、訪れる。小さな積み重ねを諦めずに続けること、この尊さが、《きっといつか》世界に届く。そう思っていた。 だが、今夜の展開は違った。田中代表から出た言葉は、「もっといい方法がある」だった。 もっといい方法?旅先クイズ会は違うということか? 意外な答えにきょとんとした私を察してか、慌てた口調で言葉を続ける。 「いえいえそうじゃないんです。旅先クイズ会は絶対に大切ですし、もちろん続けます。  ですがもう一方で思ったんです。地道な活動だけでは時間がかかる。少しずつ積み上げながら、レバレッジの効いたことも考えないといけない。これだけしかない、じゃなくて、実は方法論は無限にあるんじゃないかと考えることが大事なんじゃないかと、私、思い始めたんです。」 知床でツーリストシップ5か条というものを作った。自然と動物と人間の共栄共存のために、そして、観光客が知るべき情報を分かりやすく伝えるための5か条。 例えばヒグマ、キツネへの餌付けを禁じること。言うに及ばず、餌付けは双方にとってデメリットしかない。 野山の川の水は飲んではいけないということもそうだ。一見すると自然の川の水は、マイナスイオンたっぷりで、とっても美味しそうだけど、野生に巣食うウィルスによってお腹を壊す恐れがある。このような注意点、まさか言われなくともわかるほど、私たちは利口じゃない。こういうことも、ツーリストシップでは実践してきた。 全ての施策は、ツーリストシップに通ずる。その信念こそが、「もっといい方法はないか」の萌芽を浮かび上がらせる。田中代表もまた、あの日の園児のような無邪気さを持ちながら、実は冷静は目を持っていたのだ。 栗の化け物と少女はやがて仲良しになり、旬の食べ物・サツマイモを掘り当てて、めでたしめでたしと閉幕した。園児たちは脇目も振らずに教室に帰っていった。 田中代表が目指すツーリストシップの理想の姿は、遠い向こうにあるようで、案外近くまで来ているのかもしれない。いや、もう既に傍まで接近しているけど、《あえて》気づかないふりをして、彼女はどんどん成長を遂げているのかもしれない。そう、栗の化け物に気づいているのに、素知らぬ顔で「どこぉ?」と辺りを見回していた、あの、健気な少女のように。 ところであの栗の化け物は何だったのだろう。保育士さんたちが、時間を割いて懸命に考えたオリジナルストーリー。その真意は誰にも分らない。ただあるのは、懸命に園児のために取り組んだ、先生方の努力の結晶であり、もし答えがあるとすれば、何より、その演劇に微笑む娘たちの笑顔である。私にとってはもう、それだけで十分だった。